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    • 2015.05.07 Thursday
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    つるちゃん。

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      すこし前の話になってしまうが、劇団「突劇金魚」の公演「ゆうれいを踏んだ」を観てきた。



      突劇金魚や主宰のサリング嬢に関してはガラスヤと縁浅からぬこともあり、過去何度も何度も書いてきたのだが、やはり観たあとには書かねばならない。
      ならない、というか書きたいのである。
      あるったらあるのである。


      スタートから観客を煙に巻く作風、表現方法。
      ともすれば読解困難とも思えるストーリー展開は、もはや「節」と言うべき彼女の持ち味。
      そう簡単にハードルを越えさせてはくれない。皆一様に「?」をたくさん抱えて進行を見守るしかないわけです。

      コレが癖になるのよね。



      彼女の作品の中心というか路線というか持ち味というか…それをもしひとことで表すなら「容赦ない抽象」という言葉が相応しいのではないかなと思います。

      通常、表現と言うものは自分の頭の中で咲いた花をいかに「具体的に」伝えるかというところから始まることが殆どなのに対し、彼女の場合はギリギリまで具体的表現を見せない。
      だから対峙しているものが人なのか物なのか、朝なのか夜なのかはっきりせず、霧の中で芝居が進行していく。
      ある人は途中でそのトリッキーな仕組み(本人はまったく意識していないはず)に気づき、ある人はハテナを抱えたまま進行を見守って、ある人は枠線のあいまいな世界観にハマる。





      天才という言葉があるならそれは、思考の背骨が歪んでいる人のことを指すんだと思っている俺であります(もちろんいい意味でね)。
      ただそれがすくすくと育つためには、周りの人間がそれに気づくこと、そして決して矯正しようとしないことが肝要です。
      特に後者は「常識」の名の下に花を咲かせることなく沈められてしまうことが多く、対峙する俺にも驚異と思えるくらいだった巨大な才能が、最後の薄皮一枚を目前にしてその成長を止めてしまったケースを数多く見てきたりしました。



      ウチのネネと楽器隊の関係もそうですが、早期の段階から彼女の周りには、彼女の才能を見抜く人々がいたに違いなく、だからこそこれだけトップを行く表現方法が成り立っているのでしょう。
      彼女の背骨も間違いなく歪んでおり、天才と言われる人の仲間に入っています。

      飛び道具は土壇場で出てこそ飛び道具であり、また土壇場で出すべき弾数しかないから飛び道具。
      天才という人種は、みんながジャンケンから始めている勝負に、飛び道具を撃ち込んでくる人のこと。それが飛び道具だという自覚もないし、そもそもの弾数が違いすぎるから、なんどでも必殺技を出せる。



      なんかね、最近そう思います。









      全然まとめれてませんが、アゴの蝶番のあたりにいいのをもらってしまったのでこの辺で。



      次どうやって凡人のジャブを鼻先に当ててやろうかと考えてます(涙)。

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        • 2015.05.07 Thursday
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